事務所だより
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2006年8月 残暑お見舞い申し上げます
2006.08.01
残暑お見舞い申し上げます
2006年8月

弁護士 遠 藤 達 也 
弁護士  大 脇 美 保 : 司法支援センター(愛称 法テラス)」って何ですか?
弁護士  久 米 弘 子 : 全員勝訴!近畿原爆訴訟の判決
弁護士  中 島    晃 : 鹿児島・知覧の町を訪れて
弁護士  中 村 和 雄 : わが国の雇用政策の貧困について
弁護士  湯 _ 麻里子
弁護士  吉 田 容 子 : 四日市事件が投げかけた課題
事務局一同


「司法支援センター(愛称 法テラス)」って何ですか?
弁護士 大脇 美保

Q最近、「司法支援センター(愛称 法テラス)」という名前をよく聞きますが、どのような機関なのですか。
A2004年6月2日、「あまねく全国において、法による紛争の解決に必要な情報やサービス提供が受けられる社会を実現する」ことを基本理念とする「総合法律支援法」ができました。
  「日本司法支援センター」は、この法律に基づき、2006年4月10日に設立された独立行政法人に準じた法人です。今年10月にいよいよ業務がスター トし、全国各地の裁判所本庁所在地や、弁護士過疎地域などに拠点事務所を開設して、市民の皆様に様々な法律サービスを提供することになります。

 日本司法支援センターの主な事業は次の通りです。
○情報提供・窓口業務
 相談受付窓口を設置するとともに、電話やインターネットを通じて、トラブルに巻き込まれた方へ無料で役立つ情報を提供します。
○民事法律扶助業務
 現在、(財)法律扶助協会が展開している民事法律扶助事業を、日本司法支援センターがそのまま引き継ぎます。
○弁護士過疎対策業務
 日本には、「司法過疎地」といわれる法律サービスを十分に受けられない地域があります。弁護士会では、従来よりこのような地域に「公設事務所」を設置していましたが、今後はさらに、日本司法支援センターからも全国に弁護士を派遣し、法律サービスを展開していく予定です。
○被疑者を含む国選弁護の実施
 弁護士会は従来より、「当番弁護士制度」を立ち上げ、被疑者への法的援助の補完・実施を行ってきました。2006年秋以降は、日本支援センターにおいて 被疑者・被告人を通じ一貫した被疑者を含む国選弁護の体制を整備され、弁護士会は刑事裁判の充実、迅速化、裁判員制度の実施を含めてこれを支えていくこと となります。
○犯罪被害者支援業務
 日本司法支援センターでは、弁護士会や多くの支援団体と連携し、被害者援助に詳しい弁護士や相談窓口を紹介することになります。 

 日本司法支援センターが動き出した後も、各地の弁護士会や日弁連の活動にかわりはありませんので、法律相談などについては、従来通りご利用下さい。

署名にご協力ください。
 最近、過払い金返還請求という言葉をきかれることがよくあると思います。
 消費者金融等で借入をすると、年25%とか29.2%という金利をとられることが多いです。しかし、利息制限法で定める金利は18〜20%(元本の金額 によって金利が異なります)で、それ以上の利息をとることは違法です。したがって、利息制限法で定めている以上の金利を支払った場合は払い過ぎ(過払い) ということになり、返還を請求することが出来ます。これが過払い金返還請求です。
 しかし、なぜ金融業者は違法といわれる高金利をとっているのでしょうか。これは、出資法という法律が年利29.2%を上限として、この範囲ならば罰則を 科さないとしているためです。即ち、29.2%の金利をとることは利息制限法に反しており民事上は違法ですが、出資法には違反せず罰則が科されないのです (この状態のことを「グレーゾーン」と言っています)。しかし、29.2%の金利を支払い、しかも、元本も払いきって借金を完全になくすということは大変 なことです。民事上無効だが罰則はないという状態は早急に解消する必要があります。
 そこで、日本弁護士連合会では、この出資法の上限金利を利息制限法金利まで引き下げてグレーゾーンをなくす運動の一環として署名を集めています。署名用紙を同封いたしましたので、ご協力いただきますようお願いいたします。
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全員勝訴!近畿原爆訴訟の判決
弁護士 久米 弘子

 5月12日、大阪地裁の大法廷は息詰まるような緊張感にあふれていました。全国15地裁での原爆症認定請求訴訟の先頭を切って、大阪、京都、兵庫の原告 9人に対する判決が言い渡されるのです。私は、原告9人のチェック一覧表をにぎりしめながら裁判官の声を待ちかまえました。
 いよいよ言渡し。「被告厚生労働大臣が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条2項に基づき原告深谷日出子に対し2002年7月1日付けでした原爆症認定申請却下部分を取り消す」
 よかった!一覧表の1人目に○(マル)です。そして、2人めは長崎の爆心地から3.3キロで被爆した葛野さん、これまで認定されたことのない遠距離被爆者です。「やったー!」一覧表に大きな○をつけながら弁護団の中に喜びが広がります。
 「次は?次は?」3人目木村さん、4人目井上さん、5人目佐伯さんも○。
 6人目、私の担当する京都の小高美代子さん。妊娠5ヶ月の20歳の時に直接被爆しました。全壊した建物から身内を救い出して逃げる途中に黒い雨にも打た れました。2日後には地獄のような光景の広がる爆心地付近を歩いて避難しています。この人が認定されないはずはない、と信じていましたが、判決を聞くまで 安心できません。大きな○!よかった!万歳!
 7人目甲斐さん。直接被曝ではなく、翌日から爆心地近くで救出や遺体の焼却に従事した兵隊さんです。やはり認定されたことのない入市被爆者です。大きな○!
 そして8人目入市被爆者の川崎さんも○。最後の1人美根さんも○。9人全員勝訴です!傍聴席からも歓声と拍手がわき起こりました。「全員勝訴」の垂れ幕 をもった若い弁護士が法廷に入りきれなかった支援者たちのところに走ります。私達が一生懸命訴えてきた被曝の実態と症状とをきちんと認定し、被爆距離と疾 病名とにこだわっている国の認定基準の機械的なあてはめを批判した画期的な判決であることが報告されました。花束を贈られて喜び一杯の原告ら。被爆後61 年にしてようやく放射線による病気の苦しみを正当に認めてもらったのです。
 残念ながら国は控訴しました。大阪地裁で審理中の4人に加えて、追加提訴(京都は4人)もあります。弁護団では、気を引き締めてさらにがんばろうと決意を固めています。

 そして、8月4日、広島地裁で原告41名に対する全員勝訴の判決!8月6日の直前、そして原水禁世界大会開催中。日本のみならず世界の目が集まっている 中でのすばらしい判決でした。私は判決後、炎天下の広島駅前で「全員勝訴」と「国は控訴するな」というビラを配りながら、この2つの判決が国の施策を大き く変えてくれることを心から願いました。
追記:かもがわブックレット「全員勝ったで!原爆症近畿訴訟の全面勝訴を全国に」(600円)。私も執筆しています。ぜひお買い求め下さい。当事務所にあります。
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鹿児島・知覧の町を訪れて
弁護士 中島  晃

 佐高信の本(「新筆刀両断」)の受け売りで、いささか気が引けるが、「サザエさん」で知られている漫画家の長谷川町子の妹さんが、小泉首相が知覧の特攻記念館に行き、特攻で死んだ若者たちの遺影を見て涙を流したと聞いて、怒りを露わにしたことを紹介している。
 彼女は、同じ記念館を訪れて、腹が立ってならなかったという。戦争中に女学生であった彼女にとって、自分とあまり年の違わない若者たちを死に至らしめた のは政治ではないか。そのことを悔い、同じ過ちを繰り返さない、と誓うのが為政者としての努めではないか。それを涙を流すのは何事かというのである。

 一年半程前に、事務所旅行で鹿児島の知覧に行ったことがある。知覧の町は、伝統的建造物群保存地区に指定されている美しい町並みがいまも残されており、小京都として知られている。そして、この町にあった陸軍飛行場が、太平洋戦争末期に特攻の基地となった。
 知覧には現在、特攻記念館がある。特攻として戦死した兵士の遺影、遺品や手紙など、様々な資料が展示されており、それは見る者の胸を強くうつ。しかし、 この記念館を見て、気になったことがある。それは特攻として死んでいった若者を、英雄視することにつながるのではないかということである。
 確かに、特攻として死んでいった者を悼むのは当然のことであるが、それは一歩誤ると国のために生命をささげることを、かけがえのない犠牲として美化する危険をはらんでいる。そうした観点から見ると、この記念館には、重要な問題が欠落していることに気づく。
 それは特攻は著しく非人道的なものであって、いかなる意味でも、決して許されるものではないこと、それ故に特攻を指示・命令した者の責任がきびしく問われる必要があること等、特攻という戦法を告発する視点が完全に欠落していることである。

 よく兵士は、決死の覚悟で戦場に赴くと、いわれる。しかし、「決死の覚悟」で戦場に行くといっても、兵士が必ず戦死するということではない。どんな戦争 であっても、一人一人の兵士にとっては、その大小はともかく、常に生還の可能性が残されているし、また残されていなければならない。もし仮に、全滅するこ とがわかっている戦場に兵士を投入したとすれば、それは無謀な戦術であって、そのような命令を下した指揮官は狂気の沙汰ということになろう。
 しかし、特攻はそうではない。出撃する兵士にとって、もはや生還の可能性は残されてはいない。その意味で特攻は狂気の戦法であって、その非人道性の故に、それを兵士に命じることは明らかに犯罪というべきである。
 特攻は多くの場合、志願という形をとって行われているが、実態は強制に等しいものであった。したがって、兵士に特攻としての出撃命令を下すことは、兵士に必ず死ぬことを強いるものであって、おそるべき犯罪である、といわなければならない。
 兵士に死を強いる特攻を二度と繰り返さないためにも、あらためて特攻という狂気の戦法が採用されたこと自体を、きびしく問うことが必要不可欠である。そ の意味で、特攻記念館で涙を流すのではなく、特攻を命じたことに対する怒りをもつことこそ、大切なことではないだろうか。いま、憲法9条を改定して、日本 を再び戦争のできる国にしようという動きが強まっている折に、あらためてこのことを考えてみる必要があると思う。
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わが国の雇用政策の貧困について
弁護士 中村 和雄

 政府は格差社会の広がりという批判を意識して、形だけ取り繕ったスローガンを並び立てています。しかしわが国で貧富の格差が増大した大きな原因の一つは 政府財界による非正規雇用労働者の拡大政策です。そもそもヨーロッパでは合理的な理由がなければ雇用期間を限定することができない規制になっています。と ころが我が国ではこれが全くの自由なのです。
 最近の政府の労働力調査によれば、わが国の雇用者数は約5400万人ですが、うち正規雇用労働者は約3400万人(約7割)、非正規雇用労働者は約 2000万人(約3割)です。非正規雇用労働者とは、「パート」「アルバイト」「派遣」「嘱託」等と呼ばれている社員でほとんどが期限が付けられて雇用さ れている人たちです。この10年間で正規雇用労働者は400万人、率にして1割も減少しました。2020年頃にはわが国でも非正規雇用労働者が正規雇用労 働者を上回る事態となると予想されます。もっとも、女性労働者だけでみると正規雇用労働者の割合は2003年に既に5割を割っており、さらに毎年減少傾向 です。
 わが国の多くの企業が日常の恒常的業務について、正規雇用労働者を非正規雇用労働者に置き換えていっていることがわかります。従来、有期労働契約につい ては「臨時的雇用」であり「景気の調整弁」としての役割が強調されていました。しかし、最近は、景気の動向に関わりなく、多くの企業が従来は正規雇用労働 者に従事させてきた労務を非正規雇用労働者によって賄うように変化しているのです。
 なぜ、わが国では急激に非正規雇用が増えているのでしょうか。厚生労働省が実施した実態調査によれば、使用者がなぜパートを雇うのかについての質問に対 して、「人件費が割安だから」を選択した企業の割合は1990年は20%、1995年は40%であったのに対し、2001年は65%に急上昇しています。 厚生労働省が実施した別の実態調査によると、パートと正社員との賃金格差は「短時間のパート」が47%、「その他のパート」(正社員と同一時間働くパート 〔疑似パートと呼びます〕)が54%です。「定期昇給」や「ベースアップ」を実施している事業所はパート労働者を雇用している事業所の20%以下であり、 賞与を支給している事業所は50%に過ぎませんでした。
 同じ仕事をしているのであれば同じ賃金を払うべきではないか。そんなの当たり前じゃないかと考えた方が多いと思います。「同一労働同一賃金原則」と呼ば れ、ヨーロッパでは当然の原則とされています。労働者の国際基準であるILO条約にも規定され、日本政府も批准しています。しかし、日本では守られていな いのです。ヨーロッパで非正規雇用が日本のように蔓延しないない大きな要因は、この「同一労働同一賃金原則」の遵守にあります。格差社会を是正し、安心し て子育てできる社会を実現するためには、「同一労働同一賃金原則」を法制化することが最も効果的です。にもかかわらず政府は実行しようとしません。政府の 偽りのキャンペーンに誤魔化されないようにしましょう。
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四日市事件が投げかけた課題
弁護士 吉田 容子

 2006年5月19日、タイのバンコクでSさん(38)が亡くなりました。
 Sさんの夫は交通事故で障害が残り、子供3人を含めた苦しい生活でした。1999年、Sさんは隣村の夫婦から「日本のタイレストランで店員として働けば 高給が得られる」と誘われ、2000年2月に来日。ところが、三重県四日市市内のアパートに監禁され、監視役の男女から「お前を230万円で買った。利息 込みで550万円を売春して返せ。嫌ならヤクザに売る。返し終わったらタイに帰してやるが、途中で逃げたらヤクザに追わせて骨もタイに帰らせない。」と執 拗に脅迫されました。Sさんは拒否しましたが、客の待つ場所に無理矢理連れて行かれそこで強姦(売春強要)され、以後、連日、このアパートから2〜5人の 客のもとに運ばれました。代金はすべて監視役が受け取り、その4割は組織の元締めが取得。元締めは日本人夫婦で、客からの注文を受け監視役に指示するのも 元締めでした。
 2000年7月、Sさんは監視役Dから「借金はもうすぐ終わるが、お前をヤクザに売ることにした」と言われました。帰国の望みに支えられ奴隷状態に耐え てきたのに、これでは死ぬまで売春をさせられ帰国もできないと絶望したSさんは、松阪市内で同じ被害に遭っていた別のタイ人女性とともに逃げ出すことを決 意しました。ところが、当日、先に別のタイ人女性が逃げ、これを知ったDに「お前も逃げようと思っているだろうが逃げられるものか、絶対見つけ出して売春 窟に売ってやる」と脅迫されて逃げるチャンスを失い、迎えにきてくれたタイ人男性Bと協力してDを瓶で殴って気絶させようとしました。しかしDは気絶せ ず、Sさんは室内にあった封筒(監視役がSさんから取り上げたチップ等が在中)等を持って逃げ、残ったBはDを殴り続け、さらにヤクザの報復を怖れる余り Dを殺害してしまいました。
 Sさんは強盗致死罪で起訴されました。Sさんと弁護人は、Sさんは人身売買の被害者であり、監視役Dや日本人元締めこそが真の加害者である、Dの死につ いてはBはともかくSさんには責任がない、傷害については正当防衛が成立する、財物取得の目的ではない等の主張をしました。しかし裁判所は、Sさんが人身 売買の被害者であることは認めながら、強盗致死の責任があるとして、懲役7年を宣告。Sさんは最高裁まで争いましたが、そのまま確定。なおBさんは殺人罪 で起訴され、懲役10年の判決が確定しています。
 ところが、もうひとりの監視役や日本人元締めなど人身売買組織への捜査は殆ど行われず、現在に至るもこれら真の加害者らは野放しのままです。需要を満たした男性達(買春客)やこれを許容する日本社会の問題性も、すべて不問のままです。
 他方、タイの裁判所は、Sさんを騙して日本に連れて行ったタイ人夫婦らに対し、営利目的誘拐・人身売買罪などで懲役13年の実刑判決に処しました。
 判決確定後、Sさんは重篤な病気(腫瘍)がわかり、在日タイ大使館の尽力もあって、2005年9月末にタイに帰国。自分の様な被害者を二度と出したくな いとの強い思いから、Sさんは自らの体験をメディアに語り、顔写真入りのその報道はタイ国内で大きな反響を呼びました。またSさんは、タイ国内で関与した 加害者らに対し損害賠償請求訴訟を提起し、これは現在も係属中です。
 長期間、極めて過酷な状況に置かれながら、なお勇気を失わなかったSさん。翻って、日本社会に住む私達は、何をすべきであったのか、またこれから何をすべきなのでしょうか。この事件は、重い課題を私達に残したものと考えます。
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